ノーベル化学賞を受賞された大隅先生の会見でのコメントにより、「役に立つ」という言葉が議論を呼んでいます。


【日経GOODY: 大隈氏「役に立つかどうかで科学を捉えると社会はダメになる」】
http://gooday.nikkei.co.jp/atcl/report/14/091100031/100400425/>


(本文より)役に立つかどうかという観点でばかり科学を捉えると、社会をダメにすると思う。科学の世界では、『役に立つ』を、『数年後に実用化できる』と同義語に使うことがあるが、大いに問題だ。その科学が本当に役に立つのは、10年後、20年後かもしれないし、100年後かもしれない。将来を見据え、科学を文化として認めてくれるような社会にならないかと思っている。







そして、昨年のノーベル賞でも実はノーベル物理学賞を受賞された梶田先生のTVでのインタビューで同じようなことがありました。


【Livedoor NEWS: ノーベル賞受賞の梶田隆章教授、NEWS小山慶一郎に「意味が分からない」】
http://news.livedoor.com/article/detail/10680876/


これは、2015/10/7のnews every.でのワンシーン。

7日放送の番組「news every.」(日本テレビ系)で、NEWS・小山慶一郎の質問にノーベル物理学賞を受賞した梶田隆章教授が答えに詰まる場面があった。

(中略)

そんな中、小山が「今後ご自身の研究をどのように活かしていかれたいと思われていますか?」と質問した。

ところがこの質問には梶田教授が、目を大きく開いてきょとんとした表情に変わった。

梶田教授は質問の内容がわからないようで困惑しながら「え? どういう意味ですか?」と聞き返した。小山が再度質問を繰り返しても、教授は「活かしていくというと…ちょっと、申し訳ない。意味がわからないんですけども」と、恐縮した様子で答えていた。

小山は慌て始め、「どのように、こう、役立てていくということになるんでしょうかね?」と質問を言い換え、藤井貴彦アナウンサーが「基礎研究ですと難しいと思うのですが…」とフォローする。

すると梶田教授は「役立たない…」と言い始め、スタジオの面々は「いやいやいや」の大合唱となった。


この件は小山氏がジャニーズだから知識がないとかリテラシーがないとかいう話では全くなく、その後の藤井アナウンサーのフォローにしても全くフォローにならないレベルで、


科学技術に対する社会の期待値と、
科学技術の専門の世界での認識に
決定的な乖離がある


ことを示していると思うんですよ。


実は、これは私が科学技術社会論で取り組んでいるど真ん中の課題です。過去に科学技術社会論学会で次のようなセッションを自ら企画したこともあったりします。


【2014年の科学技術社会論学会年次大会のタイムテーブル】
http://jssts.jp/annualmeeting/2014/sts2014timetable.pdf



これには「役に立つ」という言葉への社会の期待に、科学技術界が応えていないとも言えるし、科学系識者たちが言うように通常の投資案件のような短いスパンで評価すべきものではないという言い方もできます。

(ちなみに恐らく大隅先生は投資案件だと思っていらっしゃらず、純粋に「文化」と考えていらっしゃると思いますし、私はそういう考え方に賛成しています。)


しかし、科学技術界の人たちが謙虚に受け止めないといけないのは、例えば仮に30年が回収時期だというのなら、今から30年前の1980年代はバブル真っ只中で研究開発環境がそれほど悪かったと思えないにも関わらず、ここ数年特にリーマンショック以降、科学技術に支えられているはずの日本の製造業を中心とする景気は一向に振るわないってこと。

その定量的指標については次のようなデータもあります。


【TechCrunch: いきなり50億円の1号ファンドを組成、最大手VCを辞めてBeyond Next伊藤氏が独立した理由】
http://jp.techcrunch.com/2016/02/08/beyond-next-ventures/


これによると、日米比較で研究開発費が日本3.5兆円、アメリカ5.1兆円に対し、その成果指標としての大学の特許によるライセンス収入が日本7-15億円、アメリカは2500億円だというわけです。



これには、「日本企業がダメだからだ」という理屈もあるかもしれませんが、良いと判断された大学の特許は外国出願もしていますので、必ずしもその点において日本だから不利ということはありません。少なくとも2桁以上も差が出ているのは、それだけでは到底説明できないと思います。



この現状を謙虚に受け止めた上で、基礎研究者がどうすべきかについては、元木さん


【元木一朗のブログ: (若手)研究者が研究を続けたいなら、やるべきたった一つのこと】
http://buu.blog.jp/archives/51533779.html


に身もフタもないほどすぱっと分析されているように、すぐに状況は変わらないので、環境要因と割り切って海外に行くのが現実的だと思います。



一方、日本全体で考えたときに私が指摘するのは、「ではそもそもなぜ過去にあんなにいい環境があったのにダメなのか?」という点です。


仮に同程度でないにしても、


「アメリカではできていることの
100分の1も日本ができていない」


ってのは、どう考えても問題ではないでしょうかね。



私はこの点には、一般社会側の科学理解の偏りを指摘するよりも、むしろ科学技術界側にも問題があり、自らに問題があるならばそれは自ら対策できると思います。


その問題とは、

「『科学技術が良ければ、社会価値がある』
と盲目的に教育している」

点です。これが前提になっているために、科学技術界はアカデミアでの成功を何の迷いもなく邁進しても、いいアカデミアでの成功があればうまくいくはずです。


しかし、基礎研究-応用研究-生産-市場の流れが繋がっているという考え方=リニアモデルは、ヴァネバー・ブッシュが1945年にブッシュ・レポートに書いたもので、日本では「基礎研究」が暗に「応用の前にあるもの」とみんなが思っているほど浸透しているものですが、


リニアモデルは
破たんしている


というのが現在のコンセンサスなのです。



つまり、科学技術が良いというだけでは社会に価値は還元されないのですが、基礎・応用に限らずほぼ全ての日本の科学技術者はリニアモデルを前提として教育され、良い科学技術を暗黙的に社会的にも良いものと考えているのです。


その結果、科学技術者の中に「(科学技術を良くするのとは別の取り組みとして)社会に役立てよう」と考える人は非常に少ないです。


日本の大学は学生・先生を問わず起業家が少ないのも恐らくこれに起因してます。一方、アメリカには大学の教授を辞めて起業する人もいるんですよね。

つまり、科学技術者が科学技術の成果を社会に還元するとき、日本では科学技術そのものに取り組みますが、アメリカでは科学技術とは離れた活動をするということがちゃんと根付いていて、科学技術者の取り組み範囲に大きな違いがあるんです。



というわけで、科学技術社会論に取り組み、科学技術の成果を社会価値に還元するというプロセスを研究している私が、Xenomaで起業したのはこのことの実践です。

でも、別に科学技術社会論の研究の延長でやってるわけではもちろんありません。そもそも科学技術社会論に関心を持っていること自体が、社会価値を創造するための活動の一部であり、自分が社会価値を創造できる人間になるために身に着けないといけないことは何かを知ることであると同時に、目的が社会価値創造なのですから、起業はその目的を達成するベタな方法なわけです。


ぶっちゃけ、大学の学部卒や修士卒程度で、研究者としてのスタンスや哲学が確立している人は少ないと思います。博士を取得したってようやく自分の専門領域でのスタンスが確立した程度でしょう。

でも、上に述べているように、日本の科学技術教育は科学至上主義をベースに、良い科学=良い社会くらいに考えているので、博士号取得者が足りないと思えば大量に博士号を輩出するし、科学の公衆理解が足りないと思えばサイエンスコミュニケータを大量に育成しますが、その結果


就職先がない


という、如何にも自らが社会価値を理解していない政策を平気で推し進めてきました。


ですから、科学技術に携わる若い皆さんは、それに失望するか、それに洗脳されるかだと思うのですが、決してそうではありません。


我々のQOLの向上に、
科学技術が寄与しているのは
疑いの余地はありません。


ただ、「役立てること」を「崇高な科学を究めること」よりも低いものと見なし、「金を稼ぐこと」を薄汚いことと見なすよう、幼い頃から教育されちゃってるんです。


でも、同じ人たちが「研究費がないから、税金から(あるいは民間企業が稼いだお金から)よこせ」って言ってるんですよ。


どこかおかしくありませんか?



環境のせいにするのは簡単です。

でも、環境や他人に依存せず、自分にできることは何かを自分の頭で考えて行動に移すことが今の大きな社会変革の中で生き残るための自らの生存戦略ですし、それが結果として実は社会全体の役に立つことになるんだと私は思います。


いろいろ他人の失敗に文句を言って立ち止まってる人が沢山いるのを見ると、とても残念な気持ちになるのですが、自らの失敗も含めてそんなときの合言葉がこちら。



切り替えて、次いこ、次。


ほんと、他人のこと構ってる余裕ないんですよ。