一見すると「ホンダ四輪事業の低迷と改革」の力作記事ですが、科学技術社会論的に、あるいは技術経営的(私はMOT嫌いですが)には、なかなか悩みの深い内容でした。


【ホンダの四輪事業ついに赤字転落、聖域の「研究所」にも改革のメス】
https://diamond.jp/articles/-/201710?page=3



上は当該箇所のある3ページ目をリンクしていますので、お時間のある方は最初から読まれてもよいかと存じます。




1~2ページ目の内容を簡単にまとめておきます。

  • 2019年5月8日の決算会場にて、2018年は過去最高売上にもかかわらず減益であった
  • 四輪事業の抜本的構造改革に着手することを宣言した
  • 改革は「四輪事業の体質強化」と「電動化の方向性」
  • 2025年までに現在6割を占めるグローバルモデルの派生数を1/3に削減する
  • 2019年3月期第4四半期(1~3月)の四輪事業赤字転落は深刻である
  • 赤字転落の一因に研究開発コストの増大という構造的な問題がある

ということで、記事は次に繋がるのです。


 そして、四輪事業再建の鍵を握る“最大の改革”になりそうなのが、研究所改革であろう。

 創業者の本田宗一郎の時代から、ホンダは利潤を追求する本社から研究開発を担う「本田技術研究所」の存在を独立させてきた。そうすることで、商業ベースに左右されることなく、自由度が高く比類ない商品を開発できるように配慮してきたのだ。

 研究所は顧客である本社のために開発し、本社へ設計図を販売する対価として、売上高の数%に相当する委託研究費を得てきた。



・・・企業の研究所にいた経験からすると、これはやむを得ないともいえるし、ホンダもか…とも思うし、非常に複雑な気分なんですよね。


そして、先に私の個人的な結論から言うと、この措置には必要な側面があるので方向性としてはアリだと思います。

しかし、研究開発費の金額がどうとかいう細かいことではなく、むしろ減らすことは構わないので、目的や手法を間違えてしまうと、もともと経済的に見れば永続性など何ら保証されていない企業という存在において、かなり致命的な事態を引き起こす可能性もまた孕んでいると思います。







記事のように、技術研究所が「本社へ設計図を販売する対価として」費用的独立性が維持できていたとすると、つまりは提供した設計図にそれだけの価値がなくなっているので「費用を削る」というのはやむを得ないと言わざるを得ません。


参考までに2016年3月決算のデータでは、売上研究開発比率はトヨタが3.7%、日産が4.4%、ホンダが4.9%となっています。研究開発費は2012年から2016年まで増額しているものの、売上研究開発費率では減少しています。2015年までは増収増益なのですが、2016年は増収減益なのでそれでも研究開発費を額面ベースで減らしていないのはそこを現業と別で考えている証左だと言えるのかもしれません。



決算年月2012年3月2013年3月2014年3月2015年3月2016年3月
売上高7,948,095
(100%)
9,877,947
(100%)
11,842,451
(100%)
13,328,099
(100%)
14,601,151
(100%)
経常利益257,403
(3.2%)
488,891
(4.9%)
728,940
(6.2%)
806,237
(6.0%)
635,450
(4.4%)
純利益211,482
(2.7%)
367,149
(3.7%)
574,107
(4.8%)
509,435
(3.8%)
344,531
(2.4%)
研究開発費519,800
(6.5%)
560,200
(5.7%)
634,100
(5.4%)
670,300
(5.0%)
719,800
(4.9%)



業界で言うとソニーやパナソニックが5~7%程度、化学業界は製品にもよるのですが1~5%程度、医薬品業界が10~30%です。特許等による独占が事業上重要な医薬品は新薬の実質的製品寿命が5~10年と短く、新薬開発自体がハイリスク・ハイリターン分野なので他業界と比較するのは難しいですが、それ以外の業界と比べれば比率ベースでは遜色ないですし、額面ベースでは恐らく全企業で比較してもトヨタについで国内2位なんじゃないかと思います。



これで「研究開発を大事にしていない」と言われたら、如何に「聖域」とは言え研究開発以外の人はイラっとするに違いないし、さらに減益が顕在化してくると内部的に「研究開発の価値が問われる」だけでなく、株主も口は出すようになりますし、何よりも


ユーザは既に「減益」に繋がる何かを実感している


はずなので、企業にとって最も重要な指数である


ブランド力の衰退


にも繋がりかねません。そうなったら一大事です。


そう考えれば、「本業の強化」は企業にとってみれば極めて自然な流れであり「やむを得ないと言わざるを得ない」というわけです。






・・・って、ここで終わったら逆に怒る方も出てくるでしょうね(^^;;;。








さて、研究というものは出口が限定されないことによって効率が最大化するという側面もあります。ここでいう「効率」は(私にしては珍しく)、「いい論文を書く効率」ではなく「事業貢献としての効率」です。

但し、ここでの事業貢献は単年度あるいは3~5年度程度の中期計画で回収できるような効率ではなく、時間軸で言えばもっと長い(可能性の高い)スパンのことで、


(本文再掲)ホンダは利潤を追求する本社から研究開発を担う「本田技術研究所」の存在を独立させてきた。そうすることで、商業ベースに左右されることなく、自由度が高く比類ない商品を開発できるように配慮してきた


の考え方に見え隠れするように、


「(既存の)商業ベースに左右されない比類ない商品」


つまり、本田宗一郎の創業精神にあるような全く新しい新規事業の創生による事業貢献を指します。


そして、もしそうだとするならば、本田技術研究所が「四輪事業の体質強化」と「電動化の方向性」の影響を受けることは、「商業ベースに左右されることなく」というそもそもの存在に矛盾するとも言えますし、何より今の自動車市場の状況からすると、この選択と集中が果たして戦略的に正しいのか、疑問を感じる面もあるんですよね。



・・・というわけで、この手の記事で前後編にするのはもしかしたら初めてかもしれないのですが、まだまだ長くなりそうなので分けちゃおうと思います。