千葉工大の安藤昌也先生が、興味深いプレゼンスライドをslideshareにアップされたのですが、それがグノシーで配信されてきました!
【slideshare: UXデザインとコンセプト評価~俺様企画はだめなのよ】
「俺様企画」の響きが何とも刺激的です。
(私の理解する)プレゼン内容の趣旨は、UXDというのがある程度「手法」として定式化してくると、数学の公式のように「数字を当てはめたら答えが出る」のような感覚に陥りやすいのだけれど、
- 調査したからといっていいものが産まれるわけじゃない
- アイデアを出して選んだからといってそのままコンセプトになるわけじゃない
- コンセプトができたからといってそのまま評価できるわけじゃない
という、3つのはまりやすいポイントを中心に、KA法やUXコンセプトツリーなどの役立て方を紹介するという、何とも親切なプレゼンです。
ただ、私がツボったのは、3枚目の
ゲーム的企画?
俺のアイデア最高!俺が面白いものはみんなも面白いよな
UXD的企画?
ユーザーが欲しいって!調査でわかったこと だからこれ絶対!
の部分。
この二つの「俺様」を考えていたら、何だか悲しくなってきました。
私が関わることが多い、材料開発やシステムの数歩手前のデバイス開発では、ゲーム的企画?で言うところの自分の高揚も、UXD的企画?で言うところの「ユーザが欲しいという確信」も滅多にお目にかかりません。
「こんな世の中にない
最高性能
のものができたんですけど、
何に使えるでしょう?」
・
・
・
誰が
「最高」って
決めたんだよっ!
(゚皿゚メ)
「最高」って
決めたんだよっ!
(゚皿゚メ)
例えば軽いことが常にいいこととは限りません。
速いことが常にいいこととも限りません。
まぁ、強いて言うなら一番高さが高いものを「最高」というのは許してあげますが、他の性能についてそれが一番であることを
「最高」
と言ってること自体が、一見「何に使えるんでしょう?」とへりくだって相談しているように見えて、
「俺の開発したやつは『最高』だから、
お前が用途を思いつかないのは
お前の頭が悪いんだ。」
と言わんばかりの態度だと思うわけです。
「最高ですかぁ~?」
別に、単独性能を向上する研究がダメだと言ってるわけではありません。
しかし、たぶん誰も「カラスの羽を白くする羽染くすり」(何でこんなものを例にしたんだろ・・・)のように明らかに役に立ちそうにないものは研究の対象にしないわけです。
そして、大抵の場合、
LCDが流行ったり、
太陽電池が流行ったり、
iPS細胞が流行ったりしたら、
それに比べりゃ、安藤先生ご指摘の「俺様」は、少なくとも自分はそのアイディアを楽しんでいるし、ユーザの声を聞いて「分かった気になってる」という点で、素晴らしいと思うわけです。
が。
同時に、そういった「サービス開発」に実際に携わると、そのようなユーザ目線になってもなお、その先に難しさがあるということでもあるわけです。
特に日本の「ものづくり」を標榜するエンジニアの皆さんが、どれだけ自覚的かわからないのですが、そういったサービスのことなんて考えず、とりあえず既定路線のように性能を向上するような研究開発は、これからどんどん新興国にシフトするのは目に見えています。
ということは、そういった「ある程度先読みできる安全な(失敗しない)研究開発」は、如何に技術力に差があってもいつかは新興国にほとんど持っていかれるわけです。
そして好むと好まざるとに関わらず、そういう方々の仕事は無くなっていくのが時代の流れなわけです。
しかし。
「ものづくり」が何故素晴らしいかというと、その「もの」を手に取った時に「喜び」があるからなんですよね。
つまり、「ものづくり」は単に「ものづくり」なのではなく、ユーザの喜びを想像できるような「もの」づくりなわけです。
別に喜びに限らず、時には悲しみもあるでしょう。
そういった体験こそがUXであり、UXを無視して「ものづくり」をしている限り、敢えて誤解を恐れずに言い切ってしまいますが、どんなに高い技術力も単なる俺様的自己満足でしかありません。
次いこ、次。